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by wuyue
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風を聴く~台湾・九份物語~

超マイナーな映画なんで、まともな時間にはやってない・・・。
渋谷のレイトショーは無理だったんで、下高井戸のモーニングショーで見てきました。
しかも、上映期間がたったの1週間。うっかりしてると見逃しちゃいます・・・。



映画「非情城市」を見てから、ずっと行きたいと思ってた九份へ行ったのが5年前。
まだ今ほど、一般のツアーコースには組み込まれてなかったと思います。
元々ツアーは嫌いだし、一家3人電車とバスを乗り継いで行きました。
それも、あえて鈍行電車でまったりと、バスの発着する瑞芳の町へ・・・。
電車の中で知り合った台湾人親子と一緒に、駅前でごはん食べてバスで九份へ。
激しい雨に降られて、駅で買った傘・・・これがえっらい丈夫でいまだに使ってます(笑)

かつてゴールドラッシュに沸いた金鉱の町は、とても印象に残ってます。
雨なので山の上からの景色は見えなかったけど、人が少ないのは良かったなぁ。
昔はさぞ賑やかだったんだろうなぁ、と非情城市の映像を重ねて思いをはせたり・・・。

そんな九份の歴史を、おぼろげには知ってたけど、
映画を見て、台湾の歴史とともに、より深く知ることができました。
当時のことを流暢な日本語で語る、生き証人の江さん・80歳。
お元気なうちに(失礼ながら・・・)映画に残せて本当によかった!

江さんとともに登場する、当時の思い出を語る皆さんもかくしゃくとしてらして。
「炭鉱は入る時にマッチやライターを持ってないかどうか検査される
 でも、金鉱は出るときに金を持ち出してないかどうか調べられる」
「肛門に隠して出る人もいました。そういうとき、金鉱の入り口に蕎麦屋があるから、
 そこへ連れて行くんです。お腹一杯になるとトイレに行きたくなるから・・・」
と、楽しそうに語る、当時の関係者のおじいさま方。
なんかやり方がいかにも台湾らしい牧歌的な感じ(笑)

金が出れば、取り分はもらえるけど、金鉱夫たちは宵越しの銭は持たなかったらしい。
ぱーーっと飲み屋や「女郎屋」に行って、使っちゃうから貯金はなかった・・・と。
ひとつには、みんな肺を悪くして早死にするから、ってのもあったようです。
「よく道端に酔っ払った人が倒れてました」って笑って言います。

みたびゴールドラッシュに沸いた金鉱も、国民党が来てから状況が一変し、
歴史に翻弄されたわけです。そのときのことを語る江さんの表情は一番暗かった・・・。
台湾の内省人は、統治していた日本の話は淡々と、いやむしろ懐かしげに語るのに、
国民党&大陸中国人のことは、本当に憎々しげに語りますよね・・・。
そのへんが、同じく統治されてた韓国の人との温度差の所以なんでしょうねぇ。

その九份の金鉱主である、台湾5大財閥のひとつ・顔家の末裔は、一青窈さんの実父。
この映画で、一青窈さんのお姉さん・一青妙さんがナレーションを担当してて、
映画の最後に一青窈さんの「大家」が流れます。

故郷を出ようか
so she tear
墓、通ってみよか

っていう歌詞が心にしみわたりました。
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そうそう、映画はこれがまた結構な入りでした。平均年齢68歳くらい(笑)
入り口に人が集まってたけど、老人会のバスツアーの集合場所かと思いました。

今回は母と行ったので、ロビーでパンフを見ながら喋ってたら、
70代くらいの男性が「あの・・・九份に何か縁のある方ですか?」と話しかけてきました。
聞けば、その方は昔九份の小学校に通ってたとか。
なにかつながりがある人はいないかと、同世代の母に話しかけてきたのでしょう。
残念ながら縁はないけれど、九份には行った事があると話すと、
うれしそうに当時の思い出話をされていました。

日本人だって、台湾人だって、歴史に翻弄されたのは同じ。
そして、思い出を共有してることも同じ。
台湾の歴史を雄弁に物語る、貴重なドキュメンタリー映画でした。
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by wuyue | 2007-11-10 20:51 | TV・映画